江戸のおやつを食べるコース (神田界隈)

前半は、地域に根ざした高級煎餅専門店の「神田淡平」さんのお店と工場の両方を取材し、どのようなニーズがあって長年愛されているのか、煎餅の歴史や作る苦労・工夫など、沢山のお話を伺いました。
後半では、区内在住の小学生10名とともに、ワテラス神田そば研の皆さんに おそばの歴史や材料、作り方を説明いただき 実際にそば打ち体験をしてきました。

目次
1.神田淡平「老舗とはなろうとしてなるもの」
2.ワテラスそば研「千代田区とそばの関わり」



江戸のおやつを食べるコースでは2019年11月8日、午前中は青砥にある神田淡平工場直売所を社長の鈴木さんに案内していただき、見学、取材をしてきました。

本店は東京都千代田区神田にあり、1884年創業の老舗のおせんべい屋さんです。激辛煎餅が有名で、「激辛」という言葉は流行語大賞に選ばれました。生産から販売まで一貫生産が特徴です。


~工場見学編~

おせんべいの作り方

まずはおせんべいの製造工程を教えていただきました。
そもそも、「おせんべい」はお団子と同じで、うるち米を使っています。
もち米を使って作るのは「あられ」と呼ばれるものです。

生地を作る

お米をせいろで蒸したあと、杵と臼でつくとお団子になります。このお団子を薄く伸ばして丸い型で抜き、これを乾燥させたものが生地になります。乾燥は一ヶ月くらいかけて行います。そのことによって他と比べて味に差が出てくるそうです。この後、乾燥した生地を焼いていきます。

 
焼く

おせんべいは、ばったんという機械を使って手作業で片面ずつ返して焼きます。ばったんは、返す時にバッタンという音がするためその名前で呼ばれているそうです。何回も回して焼くことで元の生地の1.3倍くらいに大きくなります。型の大きさは二種類あり、何も入っていないおせんべいはお米の比率が高く大きくなりやすいため、小さい型に入れて焼きます。ごまなどの混ざりものが入っているおせんべいは大きくなりにくいため、大きい型に入れて焼きます。

 

おせんべいごとに焼き方を変えているそうで、今戸焼という昔ながらの焼き鏝を使って焼くこともあります。今戸焼の焼き鏝を現在使っているのはこの工場だけです。

味をつける

そして焼き終わった素焼きの状態のおせんべいにお醤油をつけて乾燥させれば完成となります。
淡平には20種類以上のおせんべいの味があり、醤油は全部で4種類あります。様々な種類のおせんべいを作れるのは材料の配合から、焼いて味付けまでを一貫して生産しているからこそできる技です。

 

出し汁入りの醤油は継ぎ足して使用することで、作り立てのたれに比べて、とても深い味になります。せんべいをどぶ漬けして全体にたれが行き渡ったら、たれを振り切って濃さを調節して乾燥します。
にんにく味やわさび味のおせんべいを作るときはドラム缶におせんべいとにんにくやわさびをペースト状にしたものを入れて回転させて味をまぶします。

わさび味のおせんべいを作るときは、涙が出て大変だったため、沖縄に行ったときにたまたま見つけたガスマスクを使っているそうです。

低価格競争から老舗の味を活かした高級路線に

工場には現在は使われていない量産機械がありました。今はすべてのおせんべいが手焼きですが、20年くらい前には機械焼きをしていたそうです。
当時、他店では中国産の生地に日本で味付けをしたおせんべいが販売されていました。そのような商品は量産機で作られているため、価格的に太刀打ちできなくなってしまいました。そこで、淡平はすべてのおせんべいを手焼きにし、高級路線に舵を切りました。淡平は明治17年創業の今年で136年になる立派な老舗です。昔からあるお店が自然と老舗になれるというわけではなく、周りと差別化して老舗ならではの特徴を意識的に磨いていかなければ老舗になることは難しいそうです。



~インタビュー編~

工場のすぐ近くにある直売所で、質問に答えていただきました。

質問1
おせんべい工場と店の起源

おせんべいの本場というと草加ですが、草加だけではなく工場のある葛飾区辺りもおせんべいづくりが盛んだったそうです。当時、まわりはみんな田んぼばかりで、お米を作って船を使って江戸まで運んで商売をしていました。しかし、お米だけを作るよりは加工品を作ったほうが高く売れるため、おせんべいづくりが始まりました。お米を作っていたこと、中川という川の水運があったこと、大量消費地の江戸が近かったことから、この青砥で店舗が作られたのです。 ちなみに、江戸にお米やおせんべいなどの加工品を運んで商売をし、帰りは人糞を持って帰って田んぼの肥料にしていたといいます。

質問2
お米の産地

昔は葛飾で作ることができた米も今では、千葉県産のうるち米を仕入れています。昔から取引している問屋さんにせんべいに合うお米の銘柄を任せているそうです。

質問3
今戸焼とは

本来、今戸焼とは江戸発祥の焼き物の名前です。
先代がある日散歩しているときにたまたま通りかかった家に陶器が散らばっているのが見えて、見せてもらったところ焼き鏝を見つけたそうです。今戸焼という文化が消えてしまう前におせんべいという形にして名前を残そうと考え、意見が一致したため、おせんべいの名前にも使われています。

質問4
どのように種類を増やしているのか

基本的にお客さんの声を参考にしています。激辛煎餅もお客さんの声を参考に作ったそうで、最初は半分冗談だったといいます。それが思わず流行ったため名物になりました。最近できた柴又のうなぎ屋とのうなぎ煎餅は話題性とストーリー性もあり、老舗同士でコラボすることができました。
味は基本的に変えないようにするために、古い機械を使い続けています。
また、種類はむやみやたらに増やさないようにもしています。思い付きでいろんな味を増やしてしまうと、お店のストーリーや特徴に合わずに失敗してしまうこともあるそうです。例えば、老舗のお店がいきなりピザ味やグレープ味を出した場合、がっかりされてしまいます。このように、老舗として生き残るためには、お店のアイデンティティを守り、作っていくことが大切であると学びました。

~店舗見学編~

青砥の工場見学後、神田にある店舗に移動しました。



そこでは、鈴木社長のおかみさんが取材に立ち会ってくださいました。

客層

神田本店は贈答に用いられることが多く、ビジネスマン、ビジネスウーマンが営業用や地方に出張する際に東京土産として買っていくことが多いそうです。おせんべいは重くなく、日持ちもいいため、使われることが多いといいます。また、淡平は激辛煎餅のような個性的で印象の強い激辛のせんべいがあるため、お土産に持っていくと、相手の印象に残ってもらえるという利点もあります。基本、会社関係あるいは昔ながらの馴染みのお客さんが多く来店されます。もちろん自宅用に買う方もいらっしゃり、江戸・東京の雰囲気や文化を感じてもらえるとうれしいとおっしゃっていました。その後、その方達にもらった方が美味しかったと言って購入する方もいらっしゃるそうです。イベント等で、互いに盛り上げて行って神田という地域の関わりを大切にしているようです。

 

老舗とはなろうとしてなる

老舗の定義などはまだ定まっていないそうで、老舗ブームというのもここ10年、20年の最近の話です。三代続けば老舗、100年続けば老舗などともいわれていますが、自分で老舗と言ってしまえば老舗になってしまうこともあります。ただ、確実に言えることは単に長くやっていても自然になれるわけではなく、「なろうとしてなる」、生き残るために努力してなれるものだと鈴木社長がおっしゃっていました。
鈴木さんにとって、せんべいの魅力とは、お米というのはあまり嫌いな方は存在しないし、小さい時から口にしていて懐かしい味がしてほっとすることだと仰っていました。
淡平は老舗として生き残るために量産機械での生産をやめ、すべてのおせんべいを手焼きに変え高級路線に舵を切りましたが、値段が高いだけでは買ってくれません。そこで、ストーリー性を大事にしながらも面白いものを作っていこうと考えました。それが今戸焼やうなぎ煎餅、激辛煎餅です。地域の歴史を大切にし、周りとの差別化を意識しています。文化人との繋がりやお店の歴史も味の一つだと考えているそうです。
今回話を聞いて、老舗として成功するために多くの苦労や努力があったことがわかりました。また、ストーリーやお店のキャラクター性を大切にしていることがわかりました。

最後までお読みいただきありがとうございました。




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2019年12月22日に千代田区のワテラス神田にてそば研によるそば打ち体験を行いました。
参加した小学生は10名、大学生4名でした。

江戸におけるそばは屋台が発祥です。
小腹がすいたら屋台によってそばを食べて満たしたということから、
「江戸おやつ」としての意味をもつようになったようです。
そば打ちの前に、まずそば研の方からそばとはどんなものかそばの魅力をたっぷり説明して頂きました。


ワテラスとは?

神田淡路町にある複合施設。
神田淡路町が培ってきた、「和」「輪」「環」の3つのWAを未来へ、
世界へと情報を発信していくために作られた。



そばは和食で世界遺産の一つ
おそばというのは日本の伝統食なんです。和食はユネスコ世界文化遺産になり、おそばは和食ですから世界遺産の一つになります。

そばの花は何色?そば粉はどんなもの?
そばというのは畑で採れる植物です。関東地方では、夏の終わりくらいに種をまいて、9月の終わりくらいになると白い花が一面に咲きます。白い小さなお花に実ができるとそれがそばになります。

私たちはそばの実とまるむき、そば粉を実際に見せて頂きました。そばの実は真っ黒な色です。そばを潰して黒い部分を取り除き、丸っこい一回り小さくなった緑色のしたもの、それがまるむきです。
そして、まるむきを粉にしてそば粉になります。子どもたちもそれらを実際に観察し、触ったり匂いを嗅いだりしていました。でも、そば粉の状態ではまだそばの匂いはしません。そば粉に水を入れてこねることで初めて香りが出てきます。

そばの歴史は縄文時代から
そばの最初の原産はサンジャン地域という長江とデコン川という、チベットから中国のうんと山のほう、そこのところで取れたそうです。日本に伝わったのは縄文時代、そばの歴史は随分と古いのです。最初は先ほどの丸になった粒々の、そばコメという状態で茹でて食べていました。そば粉が出来たのは、臼石がお茶の文化と一緒に入ってきた頃でした。丸めてお団子やそばがきという、お湯で練り上げたものに変わっていきます。現在のような麺になったのは江戸時代の頃。そばは日本だけでなくヨーロッパなど世界に広まりました。おそばを切って食べるという食べ方は日本と韓国くらいしかないそうです。ヨーロッパでも中国でもアメリカでも麺にしているおそばってないそうで、冷たいもので食べるというのもこれも日本だけの文化です。このように日本のそばは日本独自の発展を遂げたようです。

そばの生産量1位はどこ?
そばは比較的寒い北の地域で採れます。世界で一番生産量が高いのはなんとロシア。国内の生産量では一番は北海道、その次が長野県、茨城県の順番。今回のそば打ち体験で使用したそば粉は北海道産でしたが、実は日本で食べられるそばの8割は輸入品なんだそうです。国産のおそばというのは非常に貴重品です。



今回、そば打ちするときのおそばも貴重品である国産でした。それも新そばという秋にとれた新そばです。これで、ますますそば打ちが楽しみになりました。


そばは江戸煩いを治した!
そばは栄養素がとっても豊富。代表的なのはポリフェノールの一種であるルチン。しかし、ここで特に興味深いのはビタミンB1です。江戸時代では、ご飯(白米)ばっかり食べていたためビタミンB1不足になりやすく、脚気になる人が多くいました。そのときにビタミンB1が豊富なおそばがもてはやされて、江戸煩いとされた脚気を治したそうです。縄文時代からあるそばが江戸時代に流行した理由はいくつかあるようですが、そのうちの一つには脚気を治したためということもあるようです。
そしておそば屋さんに行くとよく出てくるそば湯、これはそばを茹でた時のゆで汁のこと。そば湯にはそばの栄養素が豊富に入っています。このそば湯が非常に健康に良いものですので、ぜひ、食べ終わったらそば湯を飲むという習慣をつけてもらいたいとおっしゃっていました。

そば打ちのデモンストレーション
そばについてよくわかったところでそば打ちのデモンストレーションをして頂きました。そば粉に水を入れて団子状にこね、薄く延ばして折り重ね、細く切って麺にしていきます。子どもたちはテーブルを囲んでそば打ちの様子を観察しながら「水全部入れないの?」「良い匂いしてきた」と言ったり、そば研の方が円錐にまとめた生地を見せてこれは何の形?と聞くと「イチゴ!」「栗!」「立方体?」「長方形じゃないよな」「松ぼっくり」と言い合ったりして興味津々な様子でした。

今回は円形に伸ばした生地を四角にしてから切る江戸の打ち方。地方では円形のまま大きく延ばすようですが江戸のように土地が狭い場所ではそのやり方は不向き。そのため四角にして狭い所でも沢山打てるようになったのだそうです。

いよいよそば打ち体験

子ども達と私達学生がそれぞれ4つのグループに分かれ、
そば研の方に教えてもらいながら一生懸命そばを打ちました!作っている様子です。

1. 生地をこねる
大きなボウルを使って順番に生地をこねます。よくこねることがおいしいそばができるためのコツだそうです。こねるのに力を使うため子どもたちは大変そうでした。

2. 延ばす
生地を延ばしていきます。みんな手を粉だらけにしながらそば打ちに夢中。全体を同じ厚さにするのが難しかったです。

3. 切る
大きくて重い包丁で麺を切るときは大人に手を添えてもらって慎重に。どのグループも上手にできました。

4. ゆでて盛りつける
1グループずつ切ったそばを大きなお鍋でゆでた後、氷水で冷やし、その後盛り付けをします。役割を順番に交代しながらみんなで協力して行うことができました。

 


5. 食べる
完成したそばは茹でてざるそばにして食べました。自分たちで手作りしたそばは格別な味、みんなおいしい、と嬉しそうな声。麺だけではなくそばつゆもそば湯も忘れずにじっくり味わい、そばを堪能できました。

 

最後に全員で記念写真を撮って終了。お土産にそばを揚げたものを頂きました。お店では売っていない特別なおやつ、帰ってからもそばを楽しむことができました。子供も学生も、そばについて学びそばの魅力に触れることができた時間になりました。






~インタビュー~

そば研の皆さんにインタビュー

質問1
なぜ神田でそば研を作ろうと思ったのか

現在ワテラスがある場所は元々小学校があり、ここを再開発するという話が出た際にイベントができるところを作ろうとなったそうです。その時、神田藪そばの社長がその中の役員をやっていて、江戸のそばやそば文化を広めたいといことでそばの教室をやったらどうかとなり、そば研の方々のところに声がかかったそうです。
そば打ち体験は今年で6年目で延べ1200人くらいの人がすでにここの教室に来ているとのことでした。それだけそばの文化が広まってるということが分かりました。他にもここではそば打ち体験だけではなく、そば料理の教室も行っているそうです。

質問2
そばの魅力は何か

そばの魅力は人それぞれとおっしゃっていましたが、ある一人の男性はそばは様々な楽しみ方ができるとおっしゃっていました。種から育てる楽しみ、種を粉にしてそばを打つ楽しみ、食べる楽しみなど人によって楽しみ方が変わるそうです。
また、そばは地域によって打ち方が違うともおっしゃっていました。東京は調理台が狭いため丸から四角に畳んでなるべく小さくしてから切りますが、長野では大きな丸の状態で切るそうです。そして、そばをそば粉だけで10割で打つ地域もあれば江戸のように小麦粉を入れて2:8で打つところもあるそうです。このように地域独自のそばの違いを味あうために日本のいろんなところに食べに行くのを楽しみにしている人もいるそうです。

質問3
手打ちそばと機械打ちそばにはどんな違いがあるか

機械打ちそばに比べて、手打ちそばは心が伝わるとおっしゃっていました。手で打つことによって太いものや細いものがあり、そこにもまた味が出てきます。しかし、反対に機械打ちそばは正確な太さでつくったり、大量につくることができるため、立ち食いそば屋など手軽に入れるお店に向いているそうです。それぞれのそば屋によって向いているつくり方が異なってくるため、どちらが良い、悪いというものは無いとおっしゃっていました。

質問4
そば研のイベントには普段どのような人が利用しているか

住民の方々や仕事をしている方々が利用しているとのことでした。仕事帰りの方々も気軽に利用できるように休日だけでなく、平日の夜の時間帯にイベントの時間を設定している等の参加者への配慮を伺うことができました。
お話を伺い、そば研の活動を皆さんがとても楽しみにされていること、また、そば文化を多くの人々に広めたいという想いの深さを実感することができました。



神田淡平

神田淡平

住所
〒101-0047 東京都千代田区内神田2-13-1
電話番号
03-3256-1038
ホームページ
http://www.awahei.com/
おすすめの一品紹介
激辛 特辛子煎餅 210円/枚



※ホームページより引用

ワテラス神田そば研

住所
〒101-0063 東京都千代田区神田淡路町2-101-105
ホームページ
https://www.waterras.com/event/project-soba/
おすすめの一品紹介
そば打ち普通コース 3,000円
<取材・記事・撮影>

東京家政学院大学 健康栄養学科  磯 めぐみ石野 遥

東京家政学院大学 人間栄養学科  前田 二奈丹 朱音

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